シュン、と乾いた音を立てて、エレベーターのドアが開いた。
一歩足を踏み出せば、すぐに自宅の扉が見える。
しかし、その扉の隣に常とは違う風景を見つけて。
「あれ?」
思わず出た言葉に、その人物が振り返る。
長身の体躯に、素晴らしく整った顔立ちの男
この辺りではあまり見ない、白磁の肌に薄茶色の髪をしている。
少し驚いた様子の彼は、しかしすぐに笑顔を見せて。
「こんにちは、ここの住人?」
そう言って、扉に向かって指を立てた。
「ええ、その、刹那くんの家の隣の者です」
刹那さん、セイエイ君・・・何と呼んだらいいのか分からず、とりあえずそう答える。
「そか。刹那とは面識あるんだな」
「あ、はい、何度か」
そうは言ったものの、本当にただ顔を合わせたというだけで、言葉を交わした記憶は殆どない。
どうやら、彼はあまりコミュニケーションを重んじる人物ではないようで。
仲良くしたいと自分は思うのだが、その気持ちはなかなか上手く伝わっていないようだ。
それにしても、と男を見る。
まさか、そんな無口で無表情なお隣さんに訪問者があるなんて。
「お留守なんですか?」
扉の前で立ち尽くす男に聞けば、少しの苦笑いを浮かべて。
「ああ、そうみたいだ。一応約束は取ってあったんだけどな」
言って肩を竦める。
そんな仕草さえ似合っていて、ルイスあたりが見たら歓声を上げて喜びそうだと思う。
「約束なさってたんなら、きっとすぐに帰ってきますよ。あ、もし良かったら、帰ってくるまでウチで待ちませんか?」
あまり深く考えずに、親切心でそう言えば。
男は随分と驚いた顔をした。
「あ、遠慮しなくても、ウチは誰もいませんし」
一瞬逡巡したようだが、その言葉に男は笑顔で頷く。
「いいのか?じゃあ、そうさせてもらう。俺はロックオン。ロックオン・ストラトスだ」
「僕、沙慈・クロスロードと言います」
差し出された手に、慌てて自分も手を出す。
ガッシリと握られたロックオンの手は大きく、目の前でニコリと笑われて思わずドギマギしてしまった。
――カッコイイなぁ・・・。
自分の周りには絶対いないような、「大人の男」という感じがする。
懐が深そうで、頼もしくて・・・とにかくカッコイイ。
「どうぞ」
少し赤らんだ頬を隠すように促した。
鍵を開けて、扉を開ける。
後からロックオンが付いて来るのを確認して、リビングまで通した。
「どうぞ、座ってください。何か飲みますか?・・・って言ってもお茶くらいしかないけど」
「悪いな、気を使わせて。お構いなく、って言うんだっけ、こういう時は」
そう言ってウインクする。
そんな彼の仕草にドキドキしてしまう自分は、決しておかしくないと思う。
引き締まって細く見えるが、その身体はよく鍛え上げられている。
その上に乗ってる顔が、これまた信じられないくらい整っていて。
女でも男でも、彼に見つめられた人間は、きっと自分と同じ反応をするに違いない。
――刹那くん・・・はしないかもしれないけど。
変化に乏しい彼の顔を脳裏に描く。
恐らく相当の事でもない限り、あの顔に驚愕とか喜びとか、そんな表情は浮かばないに違いない。
それとも。
目の前のこの人には、素直な反応を返すのだろうか。
――想像つかないや。
沙慈は首を振る。
「どうぞ」
ポットから注いだお湯でお茶を入れ、ソファに座るロックオンに差し出す。
「お、サンキュ」
すぐに口をつけて、美味いよ、と笑みを浮かべた。
女性にモテる人間は、こういう人なんだろうなと思う。
所作一つ、言葉一つ取っても非の打ち所がない。
笑顔を絶やさない所も、こうやってすぐにお茶の味を褒める所も、女性にとっては・・・いや、自分にとってさえ嬉しいことで。
自分用のお茶を飲みながら、沙慈はロックオンを見る。
――カッコイイ・・・。
何度目かの同じ感想を心で述べれば。
「ん?どした?」
視線を感じたのか、ロックオンがこちらを見る。
「あ、いえ。えと・・・ロックオンさんは刹那君のお友達ですか?」
慌てて言葉を紡ぐ。
「友達?ああ・・・そうだな、ま、そんなとこだな・・・っていうか、ロックオンさんってのナシな。ロックオンでいいぜ」
にっこりと笑顔で言われて。
自分よりずっと年上に見えるのに、呼び捨てなんかしていいんだろうかと思いながらも、素直に頷いておく。
何となく、この人の笑顔には、相手に「はい」と言わせてしまう力があるから不思議だ。
「あの・・・・・・」
窺うようにロックオンを見ると。
「何?」
「刹那君って・・・あの普段は何をしてる人なんですか?学校にも行ってないみたいだし・・・」
少しだけ、ロックオンが眉を上げたように見えて、沙慈は慌てて手を振った。
「あ、ごめんなさい!すいません!・・・その・・・出過ぎた事を言いました」
俯いて赤くなった頬を隠す。
会話をしようと、つい余計な事まで喋ってしまった。
しかし、ロックオンがその笑みを絶やすことはなく。
「いや、あいつは普段は仕事してるからな。学校は行ってないし」
「仕事?僕より若く見えるのに・・・」
「はは、まぁ確かに若いけどな。身寄りがないから自分の食い扶持は自分で稼がないと」
その言葉に沙慈は驚きの表情を浮かべる。
確かに、彼は一人暮らしのようだったが、まさかそんな複雑な事情があるとは思わなかった。
「すいません、僕余計なことを・・・」
「いいって、気にするな」
俯いた沙慈に、ロックオンが優しく答える。
と、突然。
「お、帰ってきた」
ロックオンの言葉に、沙慈は慌てて立ち上がる。
「え?チャイムとか鳴りました?」
「いや、鳴ってないけど。廊下で刹那の足音がしたからさ」
沙慈は耳を澄ませるが、勿論そこに音が届くわけもなく。
――どうして分かるんだろう・・・?
不思議に思いながら見れば、ロックオンはまさにソファから立ち上がるところで。
沙慈も慌てて立ち上がる。
「今日はありがとう、すごく助かったよ」
「あ・・・いえ。宜しければまた・・・」
来てください、と続けようとして口を噤む。
彼とは元々何の関わりもないのだから、その言葉はおかしいだろうと思い直して。
玄関まで行くと、ロックオンと共に外へと出る。
本当に帰ってきたのだろうか、と辺りを窺えば、正に今、扉を開けようとしている小柄な姿が見えた。
――ホントにいた・・・。
驚いてロックオンを見上げれば、満面の笑みを湛えて刹那に歩み寄るところで。
「刹那!」
声に刹那がゆっくりと振り向く。
ちらり、とロックオンを見た後、沙慈にも目をやって。
もう一度とロックオンを見上げる。
「・・・・・・・・・」
「たまたまここで沙慈君と会ってさ、刹那が帰ってくるまで家で待たせてもらってたんだ」
にこやかに言えば、何の返答もなくすいと扉を開けて中に入ってしまった。
「あ、おい、刹那!」
バタン、と乾いた音を立てて扉が閉まると、少し慌てたようなロックオンの声が後を追う。
「悪いな、沙慈君。今日は本当に助かったよ、ありがとな!」
軽く手を挙げると、すぐに刹那の後を追う。
「あ・・・・・・・・・」
ロックオンの後ろ姿に思わず声が上がるが、すぐにその背中は扉の中へと消えていき。
――行っちゃった。
ほんの少し、いや、かなり残念に思いながら踵を返す。
――ん?って、何が残念なんだ?
翡翠色の瞳に浮かべられた優しげな笑みが、脳裏に甦り、ふるふると首を振った
「また、会えたらいいな・・・」
もう一度と隣の扉を見ながら、沙慈は小さく呟いた。
【あとがき】
2007年11月7日
ちょっぴりロックオン←沙慈です。
沙慈みたいな男の子には、ロックオンは滅茶苦茶カッコよく映るんではないだろうか・・・という妄想のままに書き綴ってみました。
沙慈の態度を見てると、男として能動的な部分があまり感じられないので、兄貴みたいな頼れる大人の男はきっと大好きだろうと><
本当はこの後ロックオン×刹那につなげようかと思ったんですが、別にしておきます。
でないと、沙慈がただの当て馬になっちゃうので・・・(苦笑)。
ロックオン×沙慈でもいつか挑戦してみたいです^^;
【あとがきのあとがき】
なんと・・・!
自分でも見直しててビックリしました。
・・・ロックオン×沙慈ですと・・・?!
どんなCPでも割とOKの飴屋ですが、沙慈は・・・うう〜ん・・・。
ない・・・うん、ないな・・・orz