真夜中の艦橋は、しんと静まり返っている。
作戦行動中とは違い、コンピュータを叩く音も人の会話も聞こえない。
小さな窓から暗い宇宙を見ながら、音のない世界を堪能する。
それは、ティエリアにとってはこの上もない至上の時間だった。
――いつもこうならいいのに。
ティエリアにとって、人と関わることは苦痛でしかない。
無意味な会話と無駄な行動の数々。
自分一人なら、全てが計算通りに進むというのに。
他人が関わった途端、煩わしい雑事ばかりが増え、計算は一刻毎の修正を余儀なくされる。
それはティエリアにとって大きなストレスだった。
人は一人では生きられないのだという。
そんな事は当たり前だ。
だからこそ、ティエリアは自分の役目をきっちりと果たす。
己に課せられた役割を務め、人間同士の繋がりというサイクルには参加する。
しかし。
自ら好んで他人との接点を作る必要性など一切ない。
自分の存在意義を果たせば、他の全ての時間や思考は己だけのものだ。
他人へ向ける価値など全く感じない。
所詮、人間は一人だ。
身の内にある感情を理解できるのは自分だけ・・・。
じっと虚空を見ながらそんな事を考えていると、格納庫の扉を開ける音が聞こえた。
――誰だ。
この時間にこの場所に来る人間はそうはいない。
ティエリアがいるこの部屋は、格納庫と隣接したガンダムマイスター達の為のミーティングルームだ。
元より、マイスター以外の人間が来ることなどない。
やがて、扉が小さな機械音を立てて横滑りする。
入ってきた人影は、壁伝いに手を伸ばすと室内灯のスイッチを入れた。
途端、部屋が光で満たされる。
「うおっ!!びっくりした!!・・・・・・って、ティエリア?」
思わぬ人物に、ティエリアは困惑の表情を浮かべる。
「ロックオン・・・」
作戦時以外は殆どここに立ち寄ることのない彼が、どうしてこんな時間にここにいるのか。
「どうした、こんな時間に」
「別に。貴方こそ何です」
疑問を疑問で返す。
「いや、俺は探し物。・・・・・・っと、やっぱりここだったか」
キョロキョロと辺りを見まわし、床から拾い上げたのは黄色い小さな破片。
「さっき気付いたんだけどさ。ハロの頭んとこのパーツ、欠けてるって。あちこち探してて。うん、あって良かった」
嬉しそうに笑うロックオンを、ティエリアは不思議な気持ちで見る。
彼くらい素直で明け透けな性格の人間を、ティエリアは知らない。
こんな殺伐とした生活をしているというのに、ロックオンの笑顔は常に明るかった。
そこには、何の暗さも翳りも見ることができない。
ガンダムマイスターとしてここに居るからには、彼とて大きな過去を背負っているはずなのに。
「ん?どした?」
「いえ・・・・・・」
視線を窓へと移す。
自分は今、誰かと空間を共有するつもりはないのだ。
お前と話す気などない、と態度で見せ付けるかのように、身体ごと顔を背けた。
しかし、放たれる拒絶の態度に気付かないのか、あえて無視しているのか。
ロックオンは無造作にティエリアに近付く。
「何か見えるのか?」
ん?と覗き込まれて。
横に視線をやれば、思いもかけないほど近くにロックオンの端整な顔があった。
ティエリアの眉根が顰められる。
恥ずかしげもなく人の懐に踏み込むロックオンの性格。
それがティエリアには信じられなかった。
自分は今、明らかに拒否の姿勢を取っているではないか。
なのに何故、近くに寄る?話しかける?
――理解できない。
自ら望んで相手に近付き、会話をしようとする。
たとえ拒否されても。
ロックオンのそんな部分に、ティエリアはイライラとした心持ちを隠せなかった。
自分が拒否される事などないと知っているからこそ、こんな態度が取れるのだろう。
その事に腹が立つ。
「具合でも悪い?顔、赤いぞ」
視線を感じたのかロックオンの瞳がティエリアを捉え、無造作にその手が伸ばされた。
しかし、それが触れる寸前でふいと顔を逸らすと、行き場を失ったロックオンの手も離れていく。
視界の端でそれを見て、ほっとした。
触れられるのは好きではない。
「ティエリア?」
「何ですか」
「別に強要はしないけど、何か言いたいことあったら言えよ?」
言われてピクリと肩が揺れる。
「別に。言いたいことなど何もありませんよ。分かったような言い方はやめてください」
「おっと、気を悪くしたんなら謝る。ただ、何かあったら遠慮なく言えって、そういうこと」
明らかに悪意を込めて放った言葉にも、ロックオンは笑顔を崩そうとしない。
そんな彼から目を逸らせば。
「ティエリア」
肩に手がかかる。
疑問に思って振り向いた途端。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ロックオンの顔がすい、とごく自然にティエリアに寄せられて。
そのまま唇に唇が重なった。
驚きのあまり目を見開けば、すぐ前にあるロックオンの瞳と視線が合う。
翡翠のような、その緑。
抵抗がないと分かると、唇を割って舌が侵入してくる。
歯列をなぞり、頬を内側を舐め上げると、巧みに舌に絡みついた。
そのままちゅうと吸われれば、ぞくぞくとした間隔が腰の辺りから這い上がってくる。
ティエリアは、自身を襲う感覚に慌てたようにロックオンの胸を押す。
「な・・・にを・・・!」
「悪い。可愛いな〜って思ったら、つい」
「貴方は【つい】でそんな事をするんですか」
「あ〜・・・いや、ティエリアが可愛いと思ったから。好きだな〜と思ったから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
途端に、ティエリアの美しい相貌が怒りで満ちる。
「ふざけた事を。貴方とこれ以上つまらない話をするつもりはない」
きっぱりとそう言い捨てると、踵を返して壁を蹴る。
しかし、何故か身体が推進力を得ることはなかった。
「・・・・・・・・・・・・・?!」
左腕を掴まれると力強く後ろに引かれ、気付いた時にはロックオンの胸の中に抱き込まれていた。
「な・・・・・・!!」
何をする!
・・・そう叫ぶ前に、覆い被さるように再びその顔が迫る。
ちゅ、と。
更に二度、三度と唇を啄ばまれた。
目を見開いたままのティエリアの瞳を、ただじっとロックオンが見つめる。
そして。
「好きだ、ティエリア」
笑みはない。
普段の茶化すような声音も。
「な・・・・・・にを・・・・・・」
「好きなんだ。ごめんな」
そう言うと、今度は深く、深く口付けられた。
唇の合わせ目から、温かくて柔らかい感触が口内に忍び入る。
驚かせないように、怖がらせないように、と優しく舌を絡め取られた。
「ん・・・・・・・・・・・・」
ふっと顔が離れ、息継ぎを促される。
苦しい呼吸を整える為に口ですぅと息を吸えば。
「・・・ぁ・・・・・・・・・」
また深く唇を合わせられた。
先ほどよりは強く。
けれども丁寧に。
口内を余すところなくロックオンの舌が辿り、上顎を何度も舐められる。
時々根元から、舌をちゅうと吸われて。
ティエリアは、溢れ出しそうな唾液を懸命に嚥下した。
嫌だと。
やめてくれと。
そう言ってロックオンを突き飛ばすこともできたのに。
何故か身体が動かない。
力強い腕の中で感じるのは、何故か怒りや苛立ちではなく。
しかし、それが何かは自分でも分からない。
一体、何が自分の中で起こっているのか・・・。
けれど。
もしかするとこれから。
そう、これから何かが始まっていくのかもしれないと。
ティエリアは目を伏せて、ロックオンの唇を受け止めながら。
そんな事を考えていた。
【あとがき】
2007年11月22日
ロックオン×ティエリアでした。
この二人、ずっと書きたいと思ってたCPだったりします。
ティエリア・・・!カワイ子ちゃんめ・・・!!
彼女・・・もとい、彼の魅力に、きっとロックオンもやられてるに違いありませんよ><
注。このお話は本編7話を見た時点で書いておりますm(_
_)m
【あとがきのあとがき】
この頃は、まだ自分でも一番好きなCPが決まってませんでした。
ロクティエも結構いいな〜くらいで・・・。
その後、ティエリアのデレっぷりが上がるにつれて、どんどんロクティエにのめり込み・・・。
気が付けばガンダム00にスペース移動して、ロクティエオフまで出してました。
恐るべし、ロクティエ。
っていうか、ティエリア。
文章的な話で言うと、この頃の飴屋は「〜ば。」とか、「〜で。」とか、「〜ながら。」とかで止める文章を好んで書いていました。
今見ると、とても残念な感じなんですが(;-_-;)
段々なくなっていきます・・・段々。