自分のような研究者は、目の前の物ばかりを見てしまう。

勿論、おおよその結果を目測しており、そこに向かって進んではいる。
しかし、その過程は常に流動的で、多くの計算外が存在するのだ。
だからこそ、今ある事案に集中することが大切だった。

一方、彼のように宇宙を駆ける男は、目前の事など大して見てはいない。
いつも先々を見通す事ばかりに心を砕いていて、足元に目をやることなど滅多にないのだ。

立ち止まったり、考え込んだり。
そんな事をするくらいなら前へ進む。
それが自分とは違う、グラハムという男の本質。

目の前でガンダムの運動性能について熱っぽく語るグラハムを見ながら、ビリーは小さくため息をついた。

新型が現れてからというもの、彼の遠くばかりを見る態度には磨きがかかっている。
自分と対峙している時でさえ、本当にこちらを見ているか疑いたくなるほど、その視線や心は遠くにあるような気がする。

ガンダムに乗っているパイロットが、どうやら若い男だと知ってからは特に酷い。

軍のエースパイロットとして、常に先頭を走る彼の前には、当たり前だがそれまで誰も存在していなかった。
グラハムより優れたパイロットなど、現れたことがなかったからだ。
彼がそれを物足りなく思っていることも、ビリーは知っていた。

しかし、今は違う。
見たこともないような性能を持ち、あらゆるMSの力を凌駕する機体。
そして、そのパイロットはグラハムの前を行く男かも知れないのだ。

彼が歓喜し、まるで恋をするかのように求める姿も、それを考えれば致し方ないのかもしれないが。

――やはり面白くない。

自分にはそんな熱っぽい視線を向けたこともないくせに。

新型の事ばかりを口にするグラハムを苦々しく見る。
まるで初恋に落ちた少年のような、その姿を。

その視線に、グラハムは眉を寄せた。

「何だ?」

聞かれてビリーは安堵する。
どうやら、きちんとこちらを見てはいるようだ。
ただ、意識を向けているかどうかと言えば、そこには疑問が残るのだが。

「いや、随分ご執心だと思ってね」

「何だ、引っかかるもの言いだな。貴様だって同じだろう」

「まぁ、そうだけどね」

――僕はキミと違って中身には興味ないよ。

研究者としての自分が心惹かれるのは、あの機体そのものだけだ。
操縦する人間などどうでもいい。
しかし、グラハムはあの機体を己の手足として完璧に扱っている操縦者に、より大きな興味を持っている。

その事に腹が立つ自分は狭量だろうか。

「グラハム、好きだよ」

とって付けたように囁くと、ビリーはグラハムの腕を引いて唐突ににその唇に口付けた。
柔らかく湿った場所を、自らの唇で覆う。

見たこともないパイロットについて熱心に語る唇を、ただその言葉を奪う為だけに塞いだ。

エースパイロットと研究者では、体力の差は一目瞭然だった。
しかし、身長はこちらが勝っているし、グラハムが自分の前では幾分無防備であることもまた事実なのだ。

たやすく腕の中に抱き込まれたグラハムの唇は、しっとりしていて熱かった。
彼はいつも体温が高い。
その内なる情熱と同じように。

しかし、唇を割ろうと舌を差し込んだ途端、力一杯突き飛ばされる。

「何をする」

「何って・・・キス?」

ごしごしと唇を拭うグラハムに、微苦笑を浮かべながら答える。

「ふざけるな。ここをどこだと思ってる」

「・・・・・・悪かったよ」

そんな事、少しも思ってはいなかったが、とりあえずそう謝罪すると、グラハムはすぐに視線を逸らす。

ビリーはやれやれと肩を竦めた。

「今夜は約束ができてね。そろそろ帰るよ」

珍しい友人からの誘いがあったのは本当だ。
しかし、熱烈な愛の告白を続けるグラハムから一刻も早く離れたかったという事も事実だ。

その言葉に、グラハムが訝しげな視線を向ける。

「珍しいな」

研究研究で、人付き合いを殆どしない男が夜に約束とは。
そんな考えを素直に表情に出すグラハムに、ビリーは肩を竦めて見せた。

「まぁ、僕にだって色々と、ね。じゃあグラハム、また明日。おやすみ」

詳しい情報を一切混じえずにそう言うと、何か言いたげなグラハムを残してその場を立ち去った。
背中にグラハムの視線が刺さるが、振り向くことはない。

――これでは充てつけだな。

そう思うと、自然に苦笑いが浮かんでくる。

愛していると囁き、好きだと抱きしめる。
口付けを交わして。

グラハムはそれを拒まない。
もう随分と長いこと、その行為は続けられているが、キスまでなら素直に応じている。

しかし、身体の関係に進もうとすれば、明らかな拒絶をする。
その口から愛の言葉が紡がれることもない。

そう考えると。

――充てつけというのは、そこに双方向の恋愛感情があるからこそ成り立つもの・・・か。

自嘲気味に小さく笑うと、ビリーは暗い街へと降りていった。




良い意味でも悪い意味でも、彼女は変わっていなかった。

今何をしているのかは、結局分からないままだ。
秘密主義で頑固な所も変わっていない。
とはいえ、頭の良い彼女との会話は本当に楽しかった。

そう、己のつまらない嫉妬心など忘れてしまう程に。

ビリーは朝靄の中で車を走らせていた。
車内の時計は、朝の4時を指している。

朝から用事があるのだと言う彼女を送っていったせいで、予定より時間を取られてしまった。
これでは、部屋に戻っても寝ない方が賢明だろう。

駐車場に愛車を停めると、ビリーは軍施設内に併設された宿舎へと歩く。
入り口まで来ると、オートロックに鍵を差し込んだ。

途端、鍵を回す前に扉が音もなく滑る。

「・・・・・・グラハム・・・?」

扉の向こうにはグラハムの姿があった。
別れた時と変わらない、軍服姿のままだ。

「何をしているんだい?こんな時間に」

軍人として己を厳しく律しているグラハムは、仕事でなければ夜更かしなどしない。
思考力が鈍るからと言って、徹夜も絶対にしないのだ。
朝の4時という時間を考えれば、こんな場所にいるはずもないのだが。

腕を組み、小さなロビーの壁にもたれかかっている様子から見て、随分と長いことそこにいるのだという事が分かる。
それはつまり。

――僕を待っていた・・・・・・とか。

都合よく考えてみる。
しかし、同時にそんな事は有り得ない、と心の内で囁くものもあり。

ビリーはいささか混乱していた。
こんな事態は予測不可能だ。

しかも。

――怒っている?

見る限り、特に変わったことはなさそうだが、長年付き合ってきたビリーには分かる。
不機嫌、というだけでは終わらない程。
そう、彼は怒っているように見えた。

「グラハム、どうしたんだい?何か僕に用事?」

言えば、鋭い視線がふいと逸らされる。
それと同時に、蜂蜜色の髪も揺れる。

「・・・・・・朝帰りとは悠長なものだな」

「え?ああ・・・・・・」

――皮肉・・・?

その言葉に、どうやら怒りの矛先が自分に向けられているようだと知る。

「彼女を送っていったからね」

にっこりとそう告げれば、グラハムの表情に険しさが増す。

「お前は・・・・・・」

「何?」

しかし、それ以上の言葉が紡がれることはなく。
ビリーは小さくため息を落とすと、グラハムの腕を取った。

「何にしろ、こんな場所では話せないよ。僕の部屋へ行こう」

そのまま強引にグラハムの手を引く。
与えられた部屋は2階だったが、そこに辿り着くまでグラハムは何も言わなかった。

気まずい雰囲気のまま部屋まで来ると、ビリーはジャケットを脱いでそれをソファに放る。
そして突っ立ったまま動こうとしないグラハムに目をやった。

――本当に、一体どうしたって言うんだ?

いつもの彼らしくないその様子に、ビリーも困惑を隠せない。

グラハムは非常に直実な人間で、感情の触れ幅も大きい。
勿論、それを律する術を持っていたし、エースパイロットとしてその性格が裏目に出る事もない。
むしろ、激しい気性が戦いに有利に働くことも多かった。

更に、私生活において、彼は時に子供のように感情を露にする事があった。
一部の人間しか知らない事だが、グラハムには我が侭で甘えたがりの側面があるのだ。

そんな彼が一言も喋らない。
己の思っている事を口に出さない。

自分の前では、その感情を表に出している事が常だというのに。

ビリーはシャツの袖を緩めると、思い切ったようにグラハムに近寄った。
目の前にはこちらを見つめる強い瞳がある。

「ねえグラハム。僕を待っていたんじゃないの?何か用事があって」

「・・・・・・・・・・・・」

「一体どうしたというんだい。君らしくもない」

その言葉に、グラハムの視線が鋭さを増した。

「私らしくないとはどういう事だ」

今度はビリーが黙る番だった。
あまりにも突っかかる物言いに、彼の怒りが小さなものではない事を知る。

「いや・・・君は自分の気持ちをきちんと言うタイプだと、そう思っていたからね」

にっこりと笑うと、ビリーはグラハムの髪に手を伸ばす。
いつものように。

しかし、その手は邪険に払われてしまった。

「・・・・・・誰と会ってたんだ」

ふいに視線を逸らし、ぼそりと呟く。
その言葉にビリーは面食らった。

――これは、つまり。

嫉妬。
ヤキモチ。
そういう事だろうか。

確かに、充てつけるような態度を取ったことは事実だが。

――一方向からの恋愛感情では、それは成り立たないはずでは・・・?

ビリーの顔に思わず笑みが浮かぶ。
しかし、それを慌てて打ち消した。
ここで喜んでしまっては、彼の機嫌を益々損ねないとも限らない。

「クジョウさんって、覚えてる?」

「・・・・・・あの戦術予報士か」

「そう。彼女からね、久し振りに連絡があって。つい話し込んでしまってね」

「で、盛り上がって朝帰りか」

ふんと鼻を鳴らすグラハムに、ビリーは内心で苦笑して。

「残念ながら、彼女をホテルまで送っていったけど、中には誘われなかったよ」

その言葉にグラハムは疑いの眼差しを向ける。

「どうだか」

「ねぇ、グラハム」

「・・・・・・なんだ」

「どうしてそんなに怒ってるんだい?僕が朝帰りしたってだけで」

最早、顔に浮かぶ笑みを堪えることはできそうになかった。
ここまでされて分からない程、鈍いつもりはない。

そう、これは明らかな嫉妬。

グラハムから、自分への。

「どうして・・・・・・今はいつ新型が出てくるとも限らない、非常事態時だぞ。それを女と会って朝帰りなどと・・・フラッグ整備にお前がいなかったら、どうなると思っているんだ。大体、お前はいつもそうだ。いつでも自分勝手に・・・・・・・・・・・・」

最後まで言わせず、ビリーはグラハムを抱きしめた。
そのまま唇を寄せ、激しく口付ける。

途端、グラハムの身体が強張り、その腕は胸を押し返す。
しかし、腕力では勝っているはずなのに、それ以上の力が込められることはなかった。

やがて。

しばらく彷徨っていたグラハムの腕が、とうとうビリーの首に回された。
そして口付けは一層深いものになる。

――勝った・・・かな?

ビリーは内心でそう思う。
押して押して押し通したという感じではあるが。

――クジョウさんに感謝だな。

彼女と会ったお陰で、思わぬ幸運が舞い降りてきた。
この堅物に、自分はとうとう膝を折らせたのだ。

口内を貪り、舌を絡めあう。
明らかな欲望を持って背中を撫でれば、グラハムの身体がビクリと揺れた。

「嬉しいな、君にそんな風に素直に求められると」

そっと唇を離すと、耳元で囁く。

グラハムは頬を染め、懸命に睨み返そうとする。
しかし潤んだ目元にあるのは、怒りではなく確かな欲情の光だ。

「可愛い、グラハム。好きだよ、君だけだ」

いつものように、心からの告白を行えば。

「・・・・・私もお前は嫌いじゃない」

グラハムは、視線を逸らしながらポツリと呟き。

ビリーにより一層の喜びを与えたのだった。





【あとがき】

2007年11月11日〜11月14日

ビリグラです。
言っておかないと分からないですよね、そうですよね・・・(涙)。

グラハムの性格捏造されすぎです。
むしろ別人?!

でも、6話まで見た感じだと、グラハムって意外と子供っぽいんじゃないかな〜なんて。
MS以外の事にはあんまり興味なさそうというか。
恋愛とか、身体の関係とか、そんなものは二の次っぽい。

ビリーはそんなグラハムを可愛いな〜と思いながら見守ってそうです。
そして、上手いこと言って押し倒してそう^^;




【あとがきのあとがき】

今見ると、いかにグラハムの事を誤解していたのかがよく分かりますヽ( ´¬`)ノ
子供っぽいという部分は合ってたような気がしますが、口調とか、ほら性格とか・・・アハハ。

これ以降、ビリグラは全く書いていません。
グラハム→ロックオン←ビリーで妄想するようになっちゃったので・・・orz
今(2008年9月現在)、一押しなのグラロクです、ごめんなさい〜っ!!