周りの人間は「似ている」と口を揃えて言う。
瞳の色も、声の質も、すらりとした立ち姿も彼に瓜二つだと。
ティエリアはそんな彼らの感想に、どうしても賛同できなかった。
「俺はロックオン・ストラトス。新しいガンダムマイスターだ」
そう言って不敵な笑みを浮かべた男を見ながら、どうしようもない苛立ちを感じずには居られなかった。
男は彼の双子の弟だ。
それならば、遺伝子上は全く同じ人物だと言えるだろう。
けれど、ティエリアにとっては、目の前に白と黒を並べられて、「これは同じ色です」と言われたのと同じくらいの違和感がある。
全く異なるものを同じだなどと、どうして思えるだろう。
初めて出会った時、躊躇いもなく差し出されたライルの右手。
ティエリアはそれを侮蔑の眼差しで見つめた。
(違う。あの人とこの男は、全く違う)
ロックオン・ストラトスは死んだ。
この世にはもう存在しない。
目の前の男は、偽りの仮面を被っている。
そんな偽者に惑わされるつもりは毛頭なく、ティエリアの右手は最後まで男に差し出されることはなかった。
陽気で明るく、闊達なライルはすぐにトレミー内に馴染んだ。
まるで最初からそこに居たのは彼であったかのように、ごく自然にロックオン・ストラトスとして存在している。
ティエリアは、そんなライルの姿を見るたびに眉を寄せた。
幾度かミッションを共にして、彼もまた素晴らしい狙撃手であることは分かった。
兄に劣らないマイスターとしての資質があることも認めた。
だが、それだけだ。
必要以上の言葉を交わしたり、心を砕く必要を感じたことはない。
ライルがマイスターとしての勤めさえ果たしてくれれば、彼が何を考え行動しようと、自分にとってはどうでもいいことだ。
しかし。
「で?用件は?」
自分の置かれた状況に躊躇えることもなく、、ティエリアは傲然と目の前の男を見上げた。
ライルは虚を突かれたように一瞬押し黙ったが、すぐに口の端に薄い笑みを乗せる。
それがどことなく酷薄そうに見えるのは、決して間違いではないだろう。
のしかかる男の重みと、拘束された腕の痛みが、それを証明している。
「この状態で用件ってなぁ……まったく、分かってる癖に。それともそういうシチュエーションが好みなのか?」
頬に当たる吐息の生暖かい感触に不快感を覚えながら、ティエリアは小さくため息をついた。
マイスターとしてどうしても相談したい事がある。
けれど、それを他の誰にも聞かれたくない。
悲壮な顔でそう懇願されて、渋々自室への立ち入りを許可した。
彼が悩もうと困っていようと関係ないのだが、それがミッションに関わるのなら仕方がない。
用件を聞き、早々に立ち去ってもらおうと入り口付近で彼と対峙したティエリアは、次の瞬間にはベッドに放り投げられていた。
その事自体に大した驚きはなかった。
マイスターになって日が浅いライルにとって、極端に行動を制限されるこの生活が大きなストレスになっているのは明らかだったからだ。
上手くストレスを発散できず、それを性欲を満たすことで紛らわそうとしているのだろう。
トレミー内の女性に手を出すのはまずい。
なら男はどうだ。
丁度いい具合に自分より体格の劣った人間がいる。
それで間に合わせればいい。
(まぁ、そんなところだろうな)
ライルが手っ取り早く身体を満たす相手に自分を選んだことに対して、ティエリアは大した感慨を持ってはいなかった。
「俺は忙しいんだ。するならするで構わないが、時間をかけずに手早くしろ」
「綺麗な顔して……言うねぇ」
可笑しくて堪らないというように笑い声を上げるライルに、ティエリアは冷めた視線を注いだ。
(本当に、どこもかしこも似ていないな)
栗色の髪と翡翠色の瞳。
白磁の肌に整った男らしい顔立ち。
だが、外面ばかり似ていたところで何だというのだろう。
ライルは少しもニールに似ていない。
「やる気がないなら降りてもらおうか」
いつまでも笑い続ける男から、ティエリアは目を逸らした。
今日中まとめてしまいたい資料がある。
アロウズの新型についての考察も、もっと推し進めたい。
一秒だって無駄にはできないというのに、これ以上つまらない問答などしたくなかった。
「分かったよ、分かった。余計な事言わずにさっさとやれって言うんだろ?そうするからさ」
冷ややかな視線と感情の篭らない言葉に、ライルは降参とばかりに両手を上げた。
「まったく……調子狂うなぁ」
「だったらやめればいい」
時間の無駄だ、と言い捨てると、ライルは苦笑を浮かべる。
「分かったから、ちょっと黙っててくれ。ムードも何もあったもんじゃない」
何がムードだと言い返してやりたかったが、ライルの顔が眼前に迫ったのを見て口を噤んだ。
さっさと終わってくれた方が都合がいい。
ライルと寝る事に積極的に合意するつもりなどないが、時間の節約の為には黙って従うのが一番だろう。
身体を投げ出したティエリアの頬に、ライルはそっと唇を寄せる。
滑らかな感触を楽しみ、何かを確かめるように唇で輪郭をなぞった。
「綺麗だな、本当に。これじゃあ兄貴も惑わされるはずだ」
惑わされる、という言葉にどこか軋む感覚を覚えながらも、ティエリアはただ黙って男の愛撫を受け容れた。
「顔も身体も極上品だ。肌だって真っ白で……」
湿った音を立てて耳朶から首筋を舐め下ろされると、時折ちりちりとした痛みが肌に残る。
「おい、見える場所に付けるなよ」
ティエリアは不快げな表情を隠そうともせず、目の前の男に端然と言い放った。
「あ〜、はいはい」
聞く気がないのか、おざなりな返事をした後に、鎖骨の辺りでまた軽い痛みが走る。
鬱血の跡を残しているのは明らかで、ティエリアは大きなため息をついた。
「何だよ、兄貴には付けさせたんだろ?だったら俺が付けたっていいはずだ」
「お前の兄は何も言わなくても、見える場所につまらない跡など残さなかった」
「へぇ?じゃあ見えない場所には散々付けられたって、そういうことか」
「否定はしない」
ニールと関係を持っていたことを隠すつもりはない。
自分とニールとの関係を揶揄される事は決して気分の良いものではないが、自分の感情など瑣末なことだ。
(彼と私だけが知っていればいい)
愛情も、信頼も、二人だけのものだ。
他の誰かに分かってもらう必要などない。
黙ったままのティエリアに、ライルは一瞬眉を寄せる。
しかし、次の瞬間にはまた酷薄な笑みを浮かべ、その身体を蹂躙することに集中した。
全身を撫で回されて、唇と舌で愛される。
それによって身体は自然に高まり、受け入れる事を知っている後孔は、久し振りの悦びにはしたなくひくつく。
だが、悦楽を極めながらも、決してティエリアの表情が崩れ落ちることはなかった。
湧き上がる性欲に支配されることもなく、淡々と精を吐き出す。
触れられれば反応を返し、求められればそれに応じたが、ティエリアの心は冷めたままだった。
白い身体が淫蕩にくねる。
汗に濡れた前髪が、艶かしく額に貼り付いていた。
それをそっと払ってやると、紅い瞳がライルを見つめる。
射抜くような視線にも関わらず、その目には何の感情も浮かんではいない。
悦びは勿論、哀れみすらないのだ。
ライルはどこか打ちひしがれた気分に陥りながら、それでも目の前の身体をひたすら貪った。
(こいつがニールの……)
初めて出会った時、ティエリアは自分に対する侮蔑の色を隠そうともしなかった。
何も言わなくとも、大きな憤りを感じていることはすぐに分かった。
その瞬間に、理解したのだ。
この白皙の美貌の男こそが、ニールの愛した人なのだと。
ティエリアは、完璧に自分とニールの違いを見抜いていた。
外見に騙されることなく、本質だけを見つめていた。
それができるのは、無償の愛を持った親か、全てを捧げ合った恋人しかいない。
ニールとティエリアとの関係を確信していくにつれ、心の奥底に形容し難い気持ちが育っていった。
美しいアメシスト色の髪の男が、自分とそっくりな男の下で喘ぐ。
そんな姿を想像すると、何故か酷く胸が騒いだ。
そして、いつしかティエリアの上にのしかかる男の姿は自分に変わり、それがごく当たり前のように記憶に定着した。
実際に睦みあったこともないのに、それはもうライルにとって現実と変わりなかった。
ティエリアの抵抗もなく、その身に身体を沈めた途端、やはりこれは自分のものなのだと確信が持てた。
記憶と現実が綺麗に交じり合ったのが、何よりの証拠だ。
けれど。
「……っ、あ……っ、あぁ……っ!ニール……っ!」
抱き込んだ肢体に、熱い昂ぶりを押し込んで、これが何度目の逐情だろう。
拒まないことをいいことに、好きなだけその身体を味わっていたライルの耳に飛び込んできたその声。
意識を飛ばしかけたティエリアの声は擦れて弱々しかったにも関わらず、その言葉だけが鮮明にライルの中に忍び込んできた。
外見に惑わされなかったティエリアが、その時だけはニールの名前を呼んだのだ。
「…………っ!」
「ニール……あぁ……ニール……」
瞼を閉じたまま、ティエリアは身体を細かく痙攣させた。
未だ収まったままの性器をしゃぶるように、ティエリアの内部が熱く蠢く。
「……く……っ」
きつく絞られるその感覚に、ライルは何度目かの白濁を吐き出した。
二度、三度と熱い飛沫が最奥を穿つ度に、しなやかな身体がびくりと震え、屹立した花芯から液体がとろりと溢れ出る。
「っう…、あ、……ニールっ!」
「……っ」
それまでどうでもいいというように投げ出されていた腕が、ライルの首筋に絡みついてきた。
全てを受け止めるように、その手が優しく髪を撫でる。
(…………)
言いようのない激情が溢れて、言葉にすることもできなかった。
しどけなく横たわるティエリアの内部から性器を引き抜くと、珊瑚色の唇から名残惜しそうな吐息が漏れる。
色を含んだその声は、ライルの記憶にはない、ニールだけの音だった。
ライルはほの紅く染まったティエリアの身体を乱暴に引き剥がすと、その頬を平手で打つ。
「…………っ!!」
ティエリアの瞳が見開かれ、その目に自分の姿を映すと同時に、自分の置かれた状況を察知したようだった。
それまでしがみついていた腕があっさりと解かれ、甘えるように漏らしていた吐息が一瞬で強張る。
傍若無人に身体を荒らされ、頬を打たれたことに対する憤りが目元に浮かんだ。
あっという間に変化したティエリアの顔を見ながら、ライルは暗い感情が己を満たすのを感じていた。
「随分楽しんだみたいだな?」
「……ああ」
実際に快楽を得たことを、ティエリアは認めた。
ニールではなく、ライルの身体に欲情した事をはっきりと認識しているようだった。
(それなのにお前は……)
ずっと心の奥底にあった得体の知れない感情が、みるみるうちに膨れ上がっていくのを感じる。
「お前、俺のことを何て呼んだのか覚えてるか?」
「…………二ール、と」
「何だ、覚えてるのか」
「…………」
わずかに口元を歪ませると、ティエリアは何かもの言いたげに瞬きした。
「やっぱり似てるか?」
その言葉に、ティエリアが一瞬眉を寄せる。
「似ていない」
それなら何故、兄の名を呼んだのか。
自分がそう問おうとしていることに気が付いて、咄嗟に顔を背けた。
(そんな事聞いてどうする?)
どちらも楽しんだのだから、それでいい。
彼が諾々と自分に抱かれながら、それでも最後に呼んだ名前の事など、どうでもいいことではないか。
ライルは冷たくなり始めたティエリアの肌から手を離すと、ベッドから起き上がった。
抱き締めて、キスをして、囁くように言葉を交わす。
そんな後戯が必要な相手ではない。
中途半端に脱いだシャツの釦を止め、ズボンを引き上げる。
鬱憤を吐き出して身体は軽くなったはずなのに、何故かその指先には痺れるような重さがあった。
「悪かったな。付き合わせて」
自分でも意図しなかった言葉が零れ落ちた。
言ってからしまったと口を塞いだが、一度出した言葉が戻るわけではない。
ただ蹂躙する為だけに抱いたのに、何の感慨もないはずだったのに、何故そんな事を言ってしまったのか。
軽く舌打ちすると、足早に部屋を横切った。
これ以上この場所にいたら、何かもっと余計な事を口にしてしまいそうだった。
「ライル」
ドアの前まで足を進めると、背後から名前を呼ばれる。
ベッドの上では決して呼ばれなかった自分の名前。
「ライル・ディランディ」
咄嗟に振り返りそうになって、ライルは強く唇を噛んだ。
ベッドの上で呼んだ声とは、明らかに違う。
親しみも、愛しさも、切なさもない。
ただの音の集合体でしかないティエリアの声に、ライルは何も答えることなく部屋を出た。
後ろ手に扉が閉まるまで、決して振り返ることはなかった。
【あとがき】
2008年10月21日
初ライル×ティエリアでした。
飴屋としては、ライル=ロックオンですんなり受け容れてます。
ニールはニール、ライルはライルで愛おしい(≧ロ≦)
ライティエの図式も、完璧に出来上がってます。
どんどんティエリアに惹かれていくライルと、あくまでニールを想い続けるティエリア。
兄を愛している事を知っているライルの苦悩を見て、ティエリアがデレる・・・と。
あああ・・・駄目だ!
妄想湧き出てきて止まらない!!
二期はまだ三話ですが、これからどうなるのかなぁ。
ティエリアがいい人になっちゃってますが、ライルとティエリアの今後を邪眼鏡で追いかけたいと思いますっ!