自分の過去の行動を思い出して、それがひどく居た堪れないものだと感じることは、人であれば誰しも経験があるだろう。
けれど、少なくとも自分は今まで、己の過去を振り返って後悔したり、恥ずかしいなどと思ったことはなかった。

なのに今は……。

(どうしてこんな……)

耳朶に熱を感じてティエリアは唇を噛み締めた。

流されてしまったのだろうか。
彼のあの翡翠色の瞳に、自分は惑わされてしまったのだろうか。

それとも――。

ティエリアは首を振ると、腰掛けていたベッドから立ち上がった。

こんな風に混乱した状態では、ここは居られない。
このままでは、自分が自分でなくなるような気がした。

大股で部屋を横切り、ジュニアスイート以上の部屋にあるのだという、カウンターバーを通り過ぎる。
足先が沈みそうなほど毛足の長い絨毯を踏みしめながら歩き、あと少しでドアの前というところで、ふいに背後の扉が開いた。

「おい、どこ行くんだ」

振り向けば、鍛え抜かれた上半身を晒した男が、不思議そうにこちらを見ている。

「何か欲しいもんでもあるのか?」

水滴したたる髪にタオルを当てると、乱暴にそれを拭う。
そんな仕草にまで、今まで感じたことのない何かを覚えて、ティエリアは眉を寄せた。

こんな不可思議で理解不能な感情を覚える自分が嫌だった。
自分では何も変わってなどいないつもりなのに、そうではないのだと身体に教えられるようで。

「別に。もう帰ろうかと思っただけです」

「何で?何で帰るんだ?」

一瞬意味が分からないというように首を傾げると、男はその逞しい腕を伸ばしてくる。

「帰ります。自分の部屋に帰りますから」

背後に一歩後退して、その腕をすり抜けた。

「何言ってんだよ、ティエリア、お前おかしいぞ?」

「おかしくなんかありません。帰るって言ってるだけです」

じっとこちらを見つめる視線が耐え難くて顔を背けると、背後にあったドアノブに手をかけた。

「おい、ちょっと待てよ」

「……っ!離してください!」

もう一度伸ばされた腕が自分にかかるのを見て、ひく、と喉が鳴った。
反応する自分が嫌だったし、不可解な感情が身体の内側を這いまわるような感覚にも耐えられなかった。

「待てよ、何だってんだよ、俺が何かしたか?」

「ロックオン、離してください」

しばらく揉み合うようにしながら、その腕から逃れようと身体を捻ると、直後に強く抱き寄せられた。

「…………っ!」

反射的にその胸を押し返すように手を突っ張ったけれど、元々の体格が違う。
自分より身長も体重も勝る男に適うわけもなく、やすやすとその胸に抱かれてしまった。

(嫌だ……!)

瞬間、胸を貫いたのは例えようもない熱さだった。
混乱、恐怖、惑い、その全てが一気に身体を侵食する。

(嫌だ!違う!これは違う!)

必死に心で言い募る。
絶対に違う。
その腕に囲われて、熱い息が耳元を掠めることが心地いいと感じるなど、間違っている。

「離して!……離せ!ロックオン!」

今すぐに離れないと、もっとおかしくなるような気がした。
何が正しくて、どれが自分の取るべき行動なのか分からなくなる。

「駄目だ。もう離さないって言っただろ?俺は……」

ロックオンはそこで言葉を切ると、更に強く腕に力を込めて囁く。

「お前を愛してる。だから、もう絶対に離さないって決めた」

びくり、と背中が引きつった。
その言葉を聞いた途端、どこか満たされるような気持ちになるのが堪らなく嫌だった。

「違う……俺は嫌だ、こんな……こんな風になるんだったら……」

自分が分からなくなるくらいなら、こんな言葉は聞きたくない。
強く抱き締められたくなどない。

「俺が愛してやる。全部、お前に教えてやるから。怖がらなくてもいいんだ」

強く拘束していた腕が少しだけ緩み、片方の手がゆるゆると背中を撫でる。

「怖くないから。愛してるから、大丈夫だ。俺の全部はお前のものだから」

熱くて熱くて堪らなかった。
密着する肌も、囁かれる声も、何もかもが熱い。

「怖い」

呆然と、そう呟いていた。
声に出すつもりはなかったのに、零れ落ちるようにその言葉が口から出ていた。

「怖い」

自分が怖い。愛されることが怖い。

そう思った瞬間、目の前の身体に縋りついていた。
まるでそれだけが、自分の正気を保つ最後の砦のように、必死でしがみつく。

「怖い、嫌だ、こんなの」

喉の奥が引き絞られるように痛む。
必死で堪えているものは何なのだろう。
湧き上がってくる恐怖が胸を塞ぐ。

「怖いか、そっか。うん、怖いよな、よしよし」

ロックオンの大きな掌が、背中から肩口を上がり、後頭部を包むように添えられる。
そのままあやすように髪を梳かれた。

「いいんだよ、怖くたって。大丈夫だ。俺がずっとこうしててやるから」

そうして身体ごと引き寄せられ、一層強く抱き込まれた。
子供に対するような、優しい抱擁。

しっとりとした肌に身を預けていると、ロックオンの鼓動が伝わる。
規則正しく、そして力強く脈打つ感触に、そっと目を閉じた。

「愛してるよ、ティエリア」

強く宣言されて。
少しだけ自分の恐怖が和らいだ気がした。





【あとがき】

2008年6月29日

なんだコレ・・・って感じですが、ティエリアに「怖い」と言わせてみたくて書きました。
本当は、子猫のようにふるふるしながら言って欲しかった・・・!(とんだ願望)

まったく手直ししてない一発書きです。
勢い任せです。
推敲しないで載せるのは、間違いなく初めてです。

この恥晒しが・・・!!

どんだけ「怖い」って言わせたかったんだ、私・・・Σ( ̄□ ̄;)