誰もいない深夜のミーティングルーム。
光源が落された部屋には、先ほど電話で呼び出した相手がいる。

どこか所在無さげに佇んでいる様子は、いかにも控えめな彼らしいが、突然の呼び出しに驚いているのか、その表情は緊張感に満ちていた。

けれど、自分は彼よりもっと緊張している。
踏み出す足はどこかふわふわと頼りないし、右手と右足が一緒に出るなどという愚挙もさっきしたばかりだ。
喉はからからだし、身体は冷たいし、心臓は飛び出しそうな程大きく鼓動している。

(信じらんねぇ・・・)

戦場でも、プライベートでも、ここまで緊張したことなどない。
身体が固くなると、すぐに射撃の精度に影響するから、いつも心を平安に保つのは自分の義務のようなものなのだ。

それなのに。

(指先にまるで感覚がないなんて・・・どれだけ酔っ払ってもねぇぞ)

視線を落すと、普段は繊細な脳の指令にぴたりとリンクする指先が、少しだけ震えていた。

ふぅ、と一つ息を吐く。
吸って、吐いて、吸って、吐いて。
舌で唇を潤して、目を閉じる。

(言う、今日こそ言う。絶対に言う)

暗示のように、口の中で繰り返した。
そのまま足を踏み出し、ミーティングルームへと入っていく。

足音は忍ばせていたが、気配で察したのだろう彼がそっと振り向く。

「アレルヤ」

呼ぶと、強張った顔が少しだけ笑みを乗せた。

「悪かったな、こんな夜中に呼び出したりして」

「いいえ、大丈夫です。まだ寝てなかったし・・・でも、どうしたんですか?急用だなんて」

「ああ・・・いや、まぁ・・・うん」

すぐに本題に入ることができずに言葉を濁すと、アレルヤは恥らうように視線を落してしまった。
話を催促してしまった事を気にしたのだろう。

(こういうところがなぁ・・・)

うつむいたアレルヤの瞳が揺れているのを見ると、なんとも言えない気持ちになってしまう。
一体こんな風に見えるようになったのは、いつからだっただろう。
アレルヤが、他の誰とも違う存在だと感じるようになったのは。

(最初から・・・)

そう考えるのが一番自然だった。
最初から、出会ったときから彼は自分の特別だったような気がする。

「アレルヤ?」

小さく囁くと、ふと視線が上がる。
銀灰色の瞳が自分を捉えるのを感じると、それだけでずきずきと身体の内側が痛んだ。

(重症だ、うん、すごく重症だな)

視線が合っただけでもドキドキするなんて、一体自分はいくつなんだと突っ込みたくなる。
これまで華やかな女性遍歴を作り上げてきた自分が、姿を認めただけで胸躍らせるなんて。

けれど、それを口惜しいとか格好悪いとか思う余裕がないのも事実だった。
そんな瑣末なプライドなどどうでもいいと思うほどには、アレルヤという存在に溺れている自覚がある。

黙ってしまった自分に遠慮して、アレルヤは口を開かない。
いつだって人が先で、自分の事は後回し。
彼の純粋で、繊細で、けれど芯の強い心がたまらなく好ましい。

「えと・・・実はだな」

「はい」

ごくり、とみっともなく喉が鳴った。
掌が汗で滑る。

「その・・・」

「はい」

「つまり・・・」

「はい」

何とか言葉を続けようと努力するも、どうしてもその一言が出てこない。

(何百回も言っただろう、心の中で!何で今言えねぇんだよ!)

シュミレーションだけは何度となく繰り返した。
何百回どころではないかもしれない。

好きだ、好きだ、好きだ・・・。

それこそ数え切れないほど言った言葉の束は、けれど実際の彼を目の前に、喉の奥に閉じ込められてしまっている。
口にしようとすればするほど、喉がひりついて何も言えなくなってしまうのだ。
今の自分がどれほど不審な態度を取っているかは分かっていたけれど、どうしようもなかった。

そんな自分にも、アレルヤは根気よく付き合ってくれている。
何かを言いあぐねているという様子が見て取れたのか、話を急かすこともなくじっとしている。

「・・・・・・・・・・・・」

続く沈黙にも、灰色の瞳が反らされることはなかった。
大丈夫、とその瞳が優しく語りかけてくるようで、それがまた鼓動を早めてしまう。

(言え、俺!言うんだ!今すぐ!!)

そう思うのに、唇から漏れるのは、ひゅうひゅうという掠れた息の音だけだ。

「う・・・・・・つまり・・・その・・・・・・」

「・・・・・・」

「だから、だな・・・その・・・・・・」

「あの・・・ロックオン・・・?」

しどもどと意味のない言葉ばかりを紡ぐ自分に、アレルヤがそっと呼びかける。

「あ・・・はい」

何故か丁寧口調で答えてしまって、一体自分は何をしているのかと歯噛みした。
これほど自身の身体が思い通りにならないなんて、自分でも信じられない気分だった。

「ね、ロックオン」

「あ、ああ」

「実は・・・僕もロックオンに話したいことがあったんだ。だからちょうど良かった」

その言葉にぴくりと身体が揺れる。

(俺に話?それって・・・・・・もしかして、アレルヤばっかりしょっちゅう見てたのバレたのか?それとも、休暇中に偶然を装って行動を共にしたことが露見したとか・・・)

なにくれとなく面倒を見るフリで、しょっちゅう彼と一緒に居たり、待ち伏せして食事をしたこともあった。

(やべぇな・・・)

今考えると、完全にストーカーだ。
好きだ好きだと押しまくる、迷惑男ではないか。

(いや、まだ好きだとは言ってねぇけど)

それでも十分、自分の行いに後ろめたい思いがあるロックオンは、ごくりと喉を鳴らすとじっとアレルヤの瞳を見つめた。

「ロックオン」

「はい」

観念したようにうつむく。
もう見るな、などと言われたら、多分自分は二度と立ち直れない。
気持ち悪い、そんな風に言われたら、間違いなく再起不能だ。

空調は完璧なはずなのに、背中に嫌な汗が流れ落ちていくのが分かった。

緊張に身体を強張らせるロックオンに、それでもアレルヤは優しげな微笑を崩すことはない。
それどころか、一層笑みを深めてそっと口を開いた。

「ロックオン、僕、貴方の事が好きです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

言い放たれた言葉に。
ロックオンはぱちぱちと数回、瞬きを繰り返した。

数瞬考えたが、言葉が意味を成さない。
それとも、何か聞き間違えたり、或いは脳内で彼の言葉を捏造したりしてしまったのだろうか。

「悪ぃ、俺、ちょっと耳の調子がおかしいみたいで」

眉を寄せると、とんとんとこめかみの辺りを指先で叩いてみる。

「貴方が好きなんです」

アレルヤはそんなロックオンの様子にも戸惑うことなく、再び言葉を紡ぐ。

「ちょ・・・待て、いや、待ってくれ・・・。って、ああ、いや、そうか・・・」

自分があまりにも不甲斐ない態度でおどおどとしているから。

(そっか、そういうことか)

貴方が何を言っても、嫌いにはなりませんよ・・・そんな風に、先回りして言ってくれたのに違いない。
優しいアレルヤは、いつだってこうして人のことばかりを気遣っている。

(ほんと、どうしようもねぇな、俺は。こんな風に気を使わせちまって)

情けないことこの上ない。
自分の方がずっと年上なはずなのに、精神年齢はすっかり逆転してしまっているようだ。




「悪ぃ、気を使わせて」

ふ、と小さく息を吐くと、ロックオンは自分を戒める。
己の態度のせいでアレルヤに余計な事を言わせてしまっているということに気づいて、ようやく少しだけ肩から力が抜けた。

けれど、そう言って視線を上げた先には、何故か笑いを堪えている様子のアレルヤの姿があって。

「ん?何だ?」

首を捻ると、アレルヤは笑みを乗せたまま視線を上げた。

「もしかして、僕が言ったこと、貴方に気を使っての言葉だとか思ってます?」

「え・・・いや・・・うん」

言葉をつなげられない自分を慮っての行動が、いかにもアレルヤらしいと思う。
彼の繊細な思いやりには、いつも自分だけでなく多くの人間が助けられている。

「えっとね、ロックオン。さっき僕が言ったことは、僕の本心ですよ」

「ああ、分かってるよ」

アレルヤは嘘をつけないし、感情はとても素直で、言葉はどこまでも柔らかい。
そんな彼が口先だけの言葉など発するわけがない。

何を言っても大丈夫、と言われることがこんなに心強いとは思わなかった。
そう言ってもらえる程度には、自分はアレルヤに好かれているのだと思えば、やはりそれは嬉しい。

「やっぱり分かってないみたい」

ロックオンの様子を見ていたアレルヤは小さく息をつき、少しだけ呆れたように、けれど優しい声音で語りかける。

「僕は、貴方のことが好きなんです。その・・・同僚としてとか、友達としてとか、そういうんじゃなく」

「・・・・・・・・・・・は?」

分からない?ともう一度言われ、アレルヤの銀灰色の瞳がぐっと近くまで寄る。
目の前に立たれたのだと気づいて、身体が逃げを打つように揺れてしまった。

「ロックオン、貴方が好きです。・・・もう言いませんよ?」

どこまで自分に都合の良い夢なのだろうか。

(ロックオン好きですってな、こりゃあ愛の告白ってやつじゃねぇか・・・・・・って、告白?!)

アレルヤの言葉が意味を持った文章として理解できた途端、ロックオンの口から悲鳴のようなものが零れ落ちる。
掠れた声は、内心の動揺を表すかのように、みっともなく震えていた。

「ひ・・・ぃ・・・いや、これは・・・あれか、夢か、そうか、夢なんだな、うん・・・はは、俺もここまで妄想激しいと・・・やべぇな、マジで。こんなに思いつめるほど・・・俺はアレルヤが好きなんだな・・・はは・・・」

どきんどきんと波打つ鼓動と、こめかみを流れ落ちる汗が偽ものだとは思えないが、やはりこれは自分の妄想の産物、夢でしかないだろう。
夢でも現でも、自分はこんなにもアレルヤに惹かれてしまっている。
好きで好きで仕方なくて、こんな夢まで見てしまうほどに。

「ロックオン、夢なんかじゃありませんよ」

「いや、夢だろう。あまりにも俺に都合が良すぎる。こんなの現実にあるわけがねぇ」

頑なに言い張るロックオンに、アレルヤは困ったように吐息する。

「もう・・・僕だって結構緊張して・・・覚悟して言ってるのになぁ。夢で片付けられると傷付きますよ?」

「だって・・・おい・・・そんな・・・わけ・・・・・・」

そんなわけがない、そう言いながらも、アレルヤの瞳に射抜かれれば、それはやはり夢などではないのだと思えて。

(これは現実で・・・つまりアレルヤの言っていることも現実で・・・アレルヤが嘘なんて言うわけないから、その内容も勿論現実で・・・)

ごくり、と喉が音を立てた。
どこか浮遊感のある熱が、徐々にロックオンの身体に浸透してくる。

「本当なのか?これ、本当なんだよな」

それでも、確かめずにはいられない。
この夢のような現実が、実際に目の前にあるのだということを、アレルヤ自身の口から教えて欲しかった。

「ロックオンって・・・意外と甘えたがりなんですね?」

仕方ないな、とまたもや苦笑を浮かべると、アレルヤは残っていた距離を一気に縮めてきた。
どこか硬質で、けれど持ち主と同じように真摯な透明感のある銀灰色の瞳が、目前にまで迫ってくる。

「じゃあもう一度だけ・・・ね?ロックオン、貴方が好き」

「俺も・・・俺もアレルヤが・・・くそ!俺、めちゃくちゃ格好悪いな・・・!」

顔を顰めると、苦々しく呟く。
気を使われた挙句に、アレルヤに先に好きだと言われてしまった。
夢などではない、これこそが現実だ。
男として、これほど情けない局面があるだろうか。

(いや、ない。絶対にない。俺の人生における最悪に格好悪い姿、間違いなくナンバーワンだぜ)

臍を噛むロックオンに、アレルヤはどこまでも優しく微笑みかける。

「ロックオン、別にどちらが先でもいいじゃないですか。同じことを考えていたのなら。僕だって、ずっと貴方のことが好きだったし、そう思った以上は先に伝えたいと思っていたし」

きっぱりと告げるアレルヤに。

「なんていうか・・・アレルヤは優しいだけじゃなくて・・・すげぇ男前だ」

とても自分など及ばない。

「ふふ、でも、優しくて格好いいのは貴方もでしょう?ね、ロックオン」

すいと長い指先が頬に触れた。
決して滑らかとは言いがたい、パイロットの指だ。
けれど、同時にロックオンをこれ以上もなく興奮させる、魔法のような指でもある。

「ごめんな、先に言わせちまって」

ううん、と首をふるアレルヤが愛おしくて仕方なかった。
触れられている指先を、そっと自分の掌で覆った。
そのままきゅう、と握りこむと、アレルヤの頬に微かに朱が上る。

「アレルヤ、好きだ。好きで好きで、ほんとどうにかなっちまいそうだよ」

指先を口元に引き寄せると、そのまま口付けた。
ぴくりと揺れる指先を、そっと含んでやる。
舌先でちらちらと舐め、時折歯を立ててやると、アレルヤが困ったように視線を下げるのが見えた。

「アレルヤ?」

「・・・はい」

「キス、してもいいか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

残った腕でアレルヤの腰を攫った。
身長差は殆どないから、場所を確かめることさえせずにそのまま唇を寄せる。

「ふ・・・ぅ・・・ん・・・」

より合わさるように唇が重なると、甘い吐息がロックオンの頬にかかった。

(やべ、堪んねぇな、この声)

薄く瞼を上げて見れば、アレルヤの長い睫がふるふると揺れているのが分かる。
頬は紅潮して、引き寄せた腰は固く力が入っていた。
先ほど緊張していると言っていたことが本当だと知れて、ロックオンの心に少しの余裕が生まれる。

(それでも、ちゃんと言ってくれたんだもんな。俺より先に、さ)

何て愛らしいんだろう、どうしてそんなに優しいんだろう。
ロックオンは目の前の存在が奇跡のように思えて仕方なかった。
そして、そんな存在を愛することができる自分が、とても幸せなのだと感じる。

口付けを深めて、口内に舌を伸ばす。
頬の内側をなぞり、上顎をくすぐるようにしてやると、アレルヤの身体が快感に打ち震えるのが分かった。

もっと感じさせてやりたい、もっと自分の想いを知らしめてやりたい。
そんな欲に駆られて、より一層熱を込めて口付ける。

「んぅ・・・ふ・・・、ん・・・、ぅ・・・っ!」

次第に後ろに仰け反っていく身体を、ロックオンの腕が力強く支える。
取っていた腕を離して後頭部に添えると、上からのしかかるようにして口付けを深くした。

卑猥な音を立てながら互いの唾液を嚥下し、熱くなった舌を複雑に絡めあう。
口内を行き来しながら擦れる感触を楽しみ、これ以上ないというほど深く交じり合った。

「・・・ん、・・・あ・・・はぁ・・・う、・・・ん・・・」

きつく結び合っていた唇を離すと、アレルヤの息がロックオンの首筋に当てられる。

「悪ぃ、苦しい?」

こくこく、と素直にアレルヤが頷く。
そっと微笑みながら、ロックオンはアレルヤを抱きしめた。

告白の主導権は握られてしまったけれど、ここからはもう譲らない。
ロックオンはもう一度、とアレルヤの顎を持ち上げる。

「あ・・・待って、ロックオン、待って!」

焦ったようにアレルヤが口を開く。

「こ・・・ここ・・・いくら深夜だからって・・・ミーティングルームだし・・・その・・・」

すっかり場所を失念していたロックオンは、改めて自分の余裕のなさを自覚する。
ここからは自分が主導権を握るなどと考えていたことが恥ずかしくて、意味のない呻き声を上げた。

「う〜・・・そだな、移動、するか」

くすり、とアレルヤが笑う。

「本当に、ロックオンって・・・ふふ、可愛いですね」

その言葉に。

「また先に言われちまった」

どこまでも甘い熱に浸りながら、ロックオンは苦笑するしかなかった。





【あとがき】

2008年3月5日

このサイトのアレルヤは、あまりにも辛い目に合わされ過ぎてる!!
・・・ってことで、ロクアレ甘、頑張ってみました。

でもこの辺が限界・・・!!

なんだかもう・・・最近ではアレロクでいいんじゃないかと思い始めました。
その方がしっくりくるかも(≧ロ≦)




【あとがき】

2008年10月です。
現在ガンダム00の二期は三話が終わりました。

・・・ってわけで、アレルヤ登場です!
やつれた超兵はカッコよかった(≧ロ≦)

まだ殆ど喋ってませんが、一期のアレルヤとあんまり変わってないような。
ハレルヤどこ行ったんだ・・・。

トリニティの長兄とやたら被ってますが、今後のアレルヤに期待です!
アレニル!!(え?)