「ロックオン」
呼ばれて振り向けば、意外な人物がいて驚く。
こちらから話かけることはあっても、向こうから話かけてくることなど滅多にないのだ。
「おう、ティエリアか。何だどうした」
「ちょっと話があるんですけど、いいですか」
案の定、世間話などではなさそうだった。
少しだけ訝しく思いながら頷くと、目視で部屋に誘われる。
「人に聞かれちゃマズイ話なのか?」
「ええ」
辺りに人影はないが、それでも二人きりで話がしたいというティエリアの言葉に緊張が走る。
(二人きりじゃなきゃ話せないなんて、どんだけ重要な話なんだよ)
気が重い、と一人ごちながら、それでもティエリアの後を追って部屋に入る。
ティエリアのプライベートルームに入るのは、これが初めてのことだった。
普段から自室に篭りがちのティエリアは、この部屋に誰も入れようとはしなかった。
――よっぽど汚いか、変なモンでも置いてあるんじゃねぇの。
そう言って話のネタにしたこともある。
しかし、当たり前というか、その持ち主と同じく部屋はきちんと整っていた。
しわ一つなくメイキングされたベッドに、小さな机と椅子。
本棚にはアナログな紙の本がぎっしり詰まっているが、それ以外に物はない。
(本気で塵の一つも落ちてないんじゃねぇか?)
きょろきょろと、思わず辺りを見回した。
「ロックオン」
ふいに、こちらを振り向いたティエリアに鋭く呼ばれ、びくりと身体が揺れる。
「あ、・・・ああ」
きつい眼差しを向けられて、思わず姿勢を正してしまった。
かつん、と音を立てて、ティエリアが目の前に立つと、いよいよロックオンの緊張もピークに達する。
(何だよ、ほんと。この異様なまでの緊張感は)
辺りにはぴりぴりとした空気が流れ、どくんどくんと心臓の音だけがこだましている。
ティエリアから発せられる、こちらへ切り込むような、ある意味殺気に近いものに、ロックオンの喉が小さく鳴った。
「ロックオン・ストラトス」
「・・・・・・・・・」
「貴方に言わなければならないことがあります」
じっと紅い瞳に見つめられて、心拍数が跳ね上がるのを感じる。
ただならぬ雰囲気に、何を言われるのかと身体を硬直させれば。
「貴方が好きです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
たっぷり十秒以上固まっただろう。
何を言われたのか分からず、首を捻る。
「悪ぃ、よく聞こえなかった」
自分の聞き間違い、或いはあまりの緊張に全く違う言葉へと脳内で変換されてしまったのかもしれない。
「貴方が好きだと、そう言ったんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言われた言葉を反芻し、吟味するように頭の中で再生させた。
「すき・・・すき・・・って・・・・・・え、好き?!」
すき、という音が、好きという単語になった途端、ロックオンは思わず後ずさった。
「いや、違う・・・俺の聞き間違いだ。そうだろ?な、そうだよな?」
慌てたようにティエリアを見つめれば。
「いえ、聞き間違いなどではありません。俺は貴方が好きだと言ったんです」
ごくり、と喉が大きく音を立てた。
なにやら冷たいものがこめかみを落ちていく感触がある。
「ティエリアが、俺を・・・好き」
ティエリアの表情に変化はない。
動かない表情筋は彼の専売特許だ。
けれど。
よく見れば、耳元がほんのりと赤く染まっている。
更に視線を落せば、両手はきつく握り締められていて。
(冗談じゃねぇんだな・・・)
ティエリアが伊達や酔狂で色事を口にするとは思っていなかったが、どこか疑うような気持ちもあった。
しかし、こうして肩に緊張を乗せたまま視線を外さない様子を見れば、先ほどの言葉は本心なのだと素直に思える。
「そっか・・・うん、分かった」
ロックオンの答えとも言えない答えに、ティエリアの口から小さく息が吐き出された。
(やっぱ緊張してたのか?・・・・・・なんだ可愛いな・・・)
あまりにも初心な反応に、こちらまで赤面してしまう。
と、ふいにティエリアの腕がこちらへ向かって伸ばされた。
白い指先が自分の腕にかかる。
そのまま身体が寄せられて、視界に紫紺の髪が映ったと思った瞬間。
「・・・・・・・・・!」
唇に温かな感触。
柔らかくて、しっとりとしたものが、自分の唇にぴったりとくっついている。
(・・・おおお・・・おい!)
動揺のあまり、馴れたはずの身体が慄いた。
キスされている。
ティエリアからキスをされている。
その事実に、信じられないほど早く心臓が鼓動を打っていた。
全身を駆け巡る血液が、まるで沸騰しそうなほど熱い。
ティエリアが「そういうこと」をするという事自体が信じられない。
けれど、付けられたままの唇はそれ以上動くことはなかった。
引くこともなく、ただそっと押し付けられているばかりだ。
訝しく思いながらティエリアを窺うと、伏せられた睫がふるふると揺れている。
自分の身体に回された腕は、縋るようにきつく服の布地を掴んでいた。
(なんてまぁ・・・可愛いこと。それにしてもこれは、アレか?さぁどうぞ、ってことか?)
きっとそういうことなのだろう。
ティエリアははっきりと言ったはずだ、自分の事が好きなのだと。
それならば・・・と頭を後ろに下げ、ティエリアの唇から一旦逃れる。
怪訝な視線で見上げるティエリアと目が合うと、ロックオンはその後頭部に手を当てて再び顔を引き寄せた。
(いただきます)
心の中で一言呟き、顔を傾けてティエリアの唇に自分のものを重ねる。
最初から深く、それこそ息を奪うかのように奥まで一気に責め立てた。
「・・・・・・・・・!」
ティエリアの身体がきつく硬直し、大きな瞳がより一層大きく見開かれる。
そんな反応はおかまいなしに好き勝手に口内を侵し尽くして、舌をきゅうと吸ってやった。
「ん・・・ふ・・・!」
口内を散々舐ってから、そっと唇を離す。
「ティエリア」
小さく呼ぶと、荒い息を吐くティエリアが潤んだ瞳で見上げる。
馴れない密事のせいか、赤い瞳にはたっぷりと雫が浮かび上がっていた。
その様子に、どくんと心臓が音を立てる。
「ロックオン・・・僕・・・僕は・・・」
掠れた声が小さく響けば。
(・・・僕・・・!)
くぅ、と喉を鳴らすと、ロックオンはティエリアに手を伸ばす。
こみ上げてきた感情は、溢れるようにティエリアに向かっていった。
「くそ!可愛すぎるぜ!好きだ!ティエリア!大好きだ!!」
ぎゅうとその細身の身体をきつく抱きしめる。
夢中で身体を寄せるロックオンに。
「・・・ふ」
そっとティエリアが微笑んだ。
どこか勝ち誇ったようなティエリアの顔を、幸いロックオンが目にすることはなかった。
――告白は、先にしたものが勝ち。
【あとがき】
2008年2月28日
間を置かずにティエ告白バージョンです。
今回も無理やり短くしているのが丸わかりですいません・・・。
ロクアレ連載止めてるので、あんまり長くしたらあれかなぁ・・・と(だったらさっさとロクアレ書けってな話)。
ティエリアは純真でも性悪でもいいです。
どっちでも可愛いから許すよ!!
というわけで、どこまでティエリア株が上がるのか、自分でも予測がつかなくて怖いです(>_<)