――21時に、いつもの場所で。
短いメール。
用件だけで、名前すら入っていない。
いつもの事だが、あまりにも色気のない内容に、ビリーは小さく息を吐く。
あの歳にしては随分色々と経験があるようだったのに、何故こうもつまらないメールを寄越すのだろう。
不思議で仕方ない。
――大体、こちらの都合を伺う言葉が一言も入っていないというのはどういうことだ?
時計を見れば、既に20時。
普通なら、もう少し余裕を持って「何時、何処で」のお伺いを立てるものではないだろうか。
本日只今これから、とはあまりにも計画性がない。
――女の子じゃあるまいし。
これから来て。
今、すぐ会いたい。
男が言う台詞ではないだろう。
けれど。
早速こうやって白衣を脱ぎ捨て、PCの電源を落としてしまうあたり、自分も大概便利な男だと思う。
だが、急に呼びつけられても、決して嫌な気分ではないのだから仕方ない。
恋人というものにあまり価値を置かない自分にしては、それはとても珍しいことではあるけれど。
――それだけ彼のことが気に入っているってことかな?
客観的に考えてみる。
確かに、彼のことは好ましく思っている。
顔も身体も好きだし、なによりあの目がいい。
少しだけ翳りのある、あの翡翠色の瞳。
しかし、互いにどれだけの事を知っているというのだろう。
ニール・ディランディという名前さえ、本名かどうか分からない。
――それに、あの手。
間違ってもあれは作家の手ではない。
曲がりなりにもMS技術者の自分が、あの手の持ち主の職業が分からないわけがないのだ。
――ま、それを追求してやろうなんて気はないけど。
きっと彼は、自分が深くまで追及してこないだろう事を知っている。
それをしてしまったら終わりだと、互いに分かっているからだ。
自分も、ニールも、多くの事を隠している。
そしてそれに気付いている。
けれど、それを追求することは絶対にない。
それならば、素直に楽しむ方が正解だろう。
あれこれ頭を悩ますだけ損だ。
ビリーは答えの出ない自己問答を打ち切る。
いつものように白のジャケットに袖を通して研究室の明かりを落とすと、夜の街へと車を走らせた。
白い建物は、下からのライトアップにその姿を浮かび上がらせている。
この界隈で、もっとも格の高いホテルだ。
最上階のラウンジは、平日の早い時間という事もあってか、人影は少なかった。
辺りを見回し、すぐにその姿を見つける。
夜景の見える窓際に座る彼は、いつも家を訪れる時のような、ラフな格好ではなかった。
ここは会員制の倶楽部なので、男性はネクタイの着用が義務付けられているのだ。
「やぁ」
短く声をかけると、細身のジャケットにモスグリーンのネクタイを締めたニールが振り返る。
「よぉ」
手には既に琥珀色の液体が注がれたグラスがあった。
「ビリーも飲む?」
「ああ」
「同じの。2杯、ね」
近くを通りかかった店員に告げると、残っていた液体をぐいと飲み干す。
「随分急だね。まぁいつもの事だけど」
苦笑交じりにそう言えば、ニールが笑みを浮かべる。
「急にビリーの顔が見たくなってさ」
「嘘つきだね、君は」
「じゃあ、急にやりたくなってさ・・・って言えばいいのか?」
その言葉にビリーは肩を竦めて。
「ま、そっちの方が信憑性はあるね」
「ひでえな」
心外だというように、ニールが苦笑する。
ビリーは、その頬に指の背でそっと触れた。
「僕も、早く君の瞳を近くで見たいよ。早く君に触れたい」
ニールはぱちくりと目を瞬かせると、くくと笑う。
「すっげぇベタ」
「いいんだよ、口説きは分かりやすい方が」
お待たせしました、と小さく声がかかり、目の前に酒の入ったグラスが置かれる。
「じゃあ、早く行こうぜ。さっさと飲んで」
言うなり、ニールは目の前の琥珀を一気に飲み干した。
「相変わらず強いね」
素直な感想を漏らすが、ビリーがそれに続くことはない。
酒を一気に煽るなど、ここ何年もやっていない。
何となく、それがニールとの年齢差を思い出させて、ビリーは小さく笑った。
「若いよね、ニールって」
「ん?そうか?」
何故そんな事を言われるのか分からないというように、ニールが聞き返す。
「うん、若い。自分じゃそうは思ってないだろうけど。僕から見たらまだまだ若いよ」
「褒められてるの?馬鹿にされてるの?」
「勿論、前者さ」
ニッコリと微笑む。
「一生懸命大人ぶってる君が、可愛くて可愛くて仕方ない」
更に言葉を続けるビリーに、ニールは一瞬その目を見開き。
「やっぱり馬鹿にしてる」
くすくすと、肩を震わせて笑った。
「馬鹿になんてしてないさ。ただ君が愛おしいって言ってるだけで」
笑みを浮かべてビリーが答える。
「そ。じゃあ、その可愛い可愛い俺とやらを」
挑むように、その翡翠の瞳がビリーを捉える。
「甘やかしてもらおうかな?」
密やかに囁かれる言葉に。
ビリーは自分のグラスを、何年かぶりに一気に空けた。
部屋に着いてドアを閉めた途端、ビリーが腰を攫う。
ニールもまたビリーの首に腕を回して。
どちらからともなく、唇を重ね合った。
余裕などどこにもない。
喉の渇きを癒すように、ビリーとニールは必死に互いの口内を貪りあった。
舌を絡め、唇を食み、喉の奥まで侵す。
含みきれない唾液が零れ落ちれば、それすらも舌で舐め取って。
「・・・ビリー」
体中をまさぐる手に、衣服を剥ぎ取られながらニールが熱い息を吐き出す。
その熱に呼ばれるように、再び互いの唇が寄せられて。
何度も何度も交わされるキスに、どんどんと身体は高まっていく。
自分のジャケットを放り投げてネクタイを緩めると、殆ど全裸に近いニールの身体をベッドへと押し倒す。
そのまま首筋に食らいついた。
「あ・・・!」
噛み付くように強く吸い上げれば、ニールの声が痛みを堪えるように辺りに響く。
それを無視して、すぐに鎖骨にも歯を立てた。
「こら!痛い・・ビリー・・・!」
非難の声に、しっかりと歯型が残った部分を、丁寧に舌で舐めてやる。
「何だよ、随分余裕ないな」
ニールの含むような笑いにも、唇は止まることがない。
肩口から腕の内側を通り、手首と掌、指先までも舌で愛撫する。
「まぁね、飢えてるんだよ、君に」
指先に口付けながら目線だけ上げれば、翡翠の瞳が面白そうに細められていて。
「俺もだ・・・ビリー」
腕を伸ばしてビリーを呼ぶと、その唇に再び吸い付いた。
そのまま体重をかけて身体を引き寄せ、素早く反転させる。
少しだけ驚いて見上げると、ニールが笑みを浮かべながら首筋に歯を立てた。
次は鎖骨に。
肩口から腕、指先と同じように舌で辿って。
「ニールにだったら、されるのも悪くないね」
寄せられる唇の熱さを心地よく味わいながら言えば。
「じゃあ代わる?」
ニールがクスクスと笑いながら耳元で囁く。
その頬を撫でてやりながら、再び身体を反転させて組み敷いた。
「また今度、お願いするよ」
笑って答えると、紅く色づく胸の先端を舐った。
ニールの呼吸が一瞬止まる。
声を上げなくても、それが快感の為だと知れて。
「可愛いな、ニール」
ちゅうと吸い付き、軽く歯を立ててやれば、ぴくぴくと身体が揺れた。
「あんま・・・可愛い可愛いって・・・言うなよ。・・・俺・・・24だぞ・・・?」
吐息の合間の言葉に。
「だから言ってるだろう?それでも若いって。歳だけ言うなら僕なんか君より7つも年上だよ。7年は・・・なかなか長いよ?」
わき腹から腰、そして下腹部へ到達すると、ビリーは躊躇いなくニールを口に含んだ。
緩やかに立ち上がっていた部分は、濡れた感触にたちまち硬度を増す。
「・・・ん・・・ぁ、・・・ビリー」
きゅうと締め上げられながら、幹を口内で擦られる気持ちのよさに、自然腰が浮き上がる。
その様子に、ビリーは益々熱を入れてニール自身を愛撫した。
先走りの溢れる先端に舌を這わせ、すべすべとした幹の部分を唇で擦る。
何度も同じ作業を繰り返して、次第にニールを追い詰めていく。
「・・・は・・・おい・・・・・・」
すぐに迫ってくる絶頂感に、ニールの手がビリーの髪へと伸びた。
「・・・ビリー・・・も・・・・・・」
やめて欲しいと頭部を押すが、ビリーの唇が止まることはない。
括れに舌を這わせながら唇で幹を上下し、根本を片手で強く摩擦する。
空いた手は腰骨をやんわりと撫で上げて。
「達く・・・って・・・おい、ビリー!」
唇も、手も速度を上げ、ニールを追い上げるためだけに動けば。
「・・・っ・・・!!・・・・・・・ん・・・ぁ・・・!!」
堪え切れずにニールが白濁を吐き出した。
それを口で受け止め、迷いもなく嚥下する。
ゆるゆると手で幹を擦り、最後の一滴まで搾り出してやった。
「・・・あ・・・はぁ・・・ビリー・・・」
吐き出す快感に潤んだ翡翠に、ビリーはにこりと笑う。
「ほら、やっぱり可愛い」
その言葉に、ニールの目が一瞬見開かれ。
「・・・敵わねぇな」
7つという歴然とした歳の差を思い知ったように、ニールが苦笑した。
「これが歳の差、経験の差ってやつ?」
からかうようにビリーに投げかけられる言葉。
「その通り。そして、いつまで経っても僕と君との歳の差、経験の差は埋まらない」
「まぁ、そうだな」
僕が死んでしまえば別だけど、と心の中で囁く。
「だからね、ニール」
柔らかな髪をそっと撫でると、ビリーはその目元に口付ける。
「僕の前では弱いままでいて?」
「・・・・・・・・・・・・」
「可愛い年下のニールでいてよ」
その言葉に。
一瞬、貼り付けたように常に浮かべている微笑が、顔から剥がれ落ちる。
その下には、まだ24でしかない、ニールの素顔があって。
「ほら、その顔の方がいい。可愛いニール」
無防備に晒された本当の顔に、ビリーは満足したように笑った。
「好きだよ、好きだ、ニール」
自身でも驚きながら、しかし自然にその言葉が出た。
(自分から言うなんて、何年ぶりかな?)
それでも、やっと本当の顔を見せてくれたニールに、どうしても言わずにはいられなかった。
「好きなんだ、ニール。これは僕の本心からの言葉だよ」
ステレオタイプの自分を脱ぎ捨ててしまえば、身体も心も酷く軽くなる。
彼にも、もっと楽になって欲しかった。
せめて自分の前だけでは。
「ニールが背負ってるものが何なのかは分からない。・・・知りたいとも思わない。けどね、君はもう少し、自分を甘やかしてやることを覚えた方がいいと思うよ」
ゆったりと髪を撫で、時折白い頬に口付けながら言う。
「僕に愛されて。お願いだから・・・」
返答のないニールの唇に、もう一度唇を寄せた。
閉じたままの唇の合わせを、そっと舌でなぞる。
上唇と下唇を交互に吸い上げて。
しばらくそうして柔らかな感触を堪能していれば、首にニールの腕が回された。
唇を離すと、翡翠の瞳がじっと見上げている。
そこには、いつものように微笑を浮かべたニールの顔。
一度は晒した素顔を、また綺麗に笑顔の下に押し込めて。
「いいんだよ、俺はこれで」
それを少しだけ悲しい気持ちで聞く。
強がりばかりのそんな部分もまた、自分を惹きつける要因の一つなのだけれど。
「苦しくないのかい?」
「苦しいさ」
肩を竦めると、翡翠の瞳が天井を見上げる。
「でも・・・それでいいんだよ、俺は」
何かを堪えるように、瞼を閉じた。
「ストイックだね。そんな事しても誰も褒めてなんてくれないのに」
「そうだな、まぁ自己満足ってやつだよ」
長い睫が微かに揺れて。
「罰したいのかい、自分を」
閉じていた目を開けると、今度はビリーの上へと視線が移る。
「そんな綺麗なもんじゃないさ」
くく、と肩を震わせる。
心ごと抱きしめてやりたくて、その肩を強く胸に寄せた。
髪にキスを落として。
「それでも僕は君を甘やかしたいよ。可愛いニール」
ちらりと視線が上がると、ニールもまたビリーの長い髪に口付ける。
そして。
「俺の名前、本当にニール・ディランディだから」
そっと囁く言葉。
「職業は・・・まぁ、ノンフィクション作家だけど・・・ね?」
面白そうに言うと、伸び上がって唇に吸い付いた。
「もういいから・・・早く、ビリー」
挑むように誘われて。
ビリーは小さく笑うと、より深い快楽へと身体を投げ出した。
【あとがき】
2007年12月25日〜26日
懲りもせず、ビリー×ロックオン(ニール)です。
「オアソビ」が意外と(?)好評だったのと、自分が書いててすごく楽しかったのもあって、ずっと続きを書こうと思っていました。
で、前回より少しだけ先に進んだ2人を。
それでも最後までヤってないということは、これにはまだ続が・・・?!
需要があれば考えます(*^m^*)
ニールはソレスタルビーイングの中に居ると絶対に兄貴になってしまうので、せめてビリーの前では歳相応の可愛らしさ(?)を取り戻して欲しいです。
甘えさせてあげる為に、相手にビリーを設定したので・・・。
頑張って甘やかしてあげてね、ビリー(≧ロ≦)